その時彼は、その妻君の返答の一寸した渋滞にも、そして又、その返答の活気の無さに対しても忽ちに癇癪を起さうとし、貴重な問題を取扱ふことの真摯さを、決して忘れまいとするやうであつた。
そして此の種の応答に由つて多分に激情を刺激された彼は、(そのために、往々、激しい喧嘩なぞも起りがちであつたが――)、一つの敷居を跨ぐことによつて突然その気分を好転せしめるために、ツと立つて私の部屋を訪れるのであつた。
廊下を歩く数秒の道程に由つて、已に完全な、社交家としての笑顔に移り得る彼は、しかし不幸にして、(実に不幸にして――)、私の気持を、決して計算の中へ入れやうとはしなかつた。