と言つて、私は、A・Bのヂャンルに相当する文学を軽視するといふのでは無論ない。
第一、文学を斯様な風に類別するといふことからして好ましくないことであり、全ては同一の精神から出発するものには違ひあるまいけれど――そして、それだから私は、道化の軽視される当節に於て(敢て当今のみならず、全ての時代に道化は不遇であつたけれども――)道化も亦、悲劇喜劇と同様に高い精神から生み出されるものであつて、その外形のいい加減に見える程、トンチンカンな精神から創られるものでないことを言ひ張りたいのである。
無論道化にもくだらない道化もあるけれども、それは丁度、くだらない悲劇喜劇の多いことと同じ程度の責任を持つに止まる。