無論道化にもくだらない道化もあるけれども、それは丁度、くだらない悲劇喜劇の多いことと同じ程度の責任を持つに止まる。
そこで、私が最初に言ひたいことは、特に日本の古典には、Cに該当する勝れた滑稽文学が存外多く残されてゐる、このことである。
私は古典に通じてはゐないので、私の目に触れた外にも幾多の滑稽文学が有ることとは思ふが、日頃私の愛読する数種を挙げても、「狂言」、西鶴(好色一代男、胸算用等)、「浮世風呂」、「浮世床」、「八笑人」、「膝栗毛」、平賀源内、京伝、黄表紙、落語等の或る種のもの等。
無論道化にもくだらない道化もあるけれども、それは丁度、くだらない悲劇喜劇の多いことと同じ程度の責任を持つに止まる。
そこで、私が最初に言ひたいことは、特に日本の古典には、Cに該当する勝れた滑稽文学が存外多く残されてゐる、このことである。
私は古典に通じてはゐないので、私の目に触れた外にも幾多の滑稽文学が有ることとは思ふが、日頃私の愛読する数種を挙げても、「狂言」、西鶴(好色一代男、胸算用等)、「浮世風呂」、「浮世床」、「八笑人」、「膝栗毛」、平賀源内、京伝、黄表紙、落語等の或る種のもの等。