私は、このように立派な教訓を、さう沢山は知らない。
そして、世阿弥は、この外にも多くの芸術論を残してゐるが、中世以降の日本文学といふものは、彼の精神が伝承されたものかどうかは知らないが、この、「先づ花を与へる」云々の精神と全く同一のものが、常に底に流れてゐて、鋭く彼等の作品に働きかけて来たやうに思はれるのである。
俳諧に於ける芭蕉の精神に於ても其れを見ることが出来るし、又、今この話の中心である戯作者達の作品を通しても、(狂言は無論のこと)、私は此の精神の甚だ強いものを汲み取ることが出来るのである。