尤も、この精神は、ひとり日本に於て見られるばかりではなく、欧洲に於ても、古典と称せられるものは概ね斯様な精神から創り出されたものであつた。
単なる写実といふものは、理論ではなしに、理窟抜きの不文律として、本来非芸術的なものと考へられ、誰からも採用されなかつたのである。
近世たまたま、芸術の分野にも理論が発達して理論から芸術を生み出さうとする傾向を生じ、新らしい何物かを探索して在来の芸術に新生面を附け加へやうと努力した結果、自然主義の時代から、遂に単なる写実といふものが、恰もそれが正当な芸術であるかのやうに横行しはぢめたのであつた。