現実としての空想の――ここまでは紛れもなく現実であるが、ここから先へ一歩を踏み外せば本当の「意味無し」になるといふ、斯様な、喜びや悲しみや歎きや夢や嚔やムニャ/\や、凡有ゆる物の混沌の、凡有ゆる物の矛盾の、それら全ての最頂天に於て、羽目を外して乱痴気騒ぎを演ずるところの愛すべき怪物が、愛すべき王様が、即ち紛れなくファルスである。
知り得ると知り得ないとを問はず、人間能力の可能の世界に於て、凡有ゆる翼を拡げきつて空騒ぎをやらかしてやらうといふ、人間それ自身の儚なさのやうに、之も亦儚ない代物には違ひないが、然りといへども、人間それ自身が現実である限りは、決して現実から羽目を外してゐないところの、このトンチンカンの頂天がファルスである。
もう一歩踏み外せば本当に羽目を外して「意味無し」へ堕落してしまふ代物であるが、勿論この羽目の外し加減は文学の「精神」の問題であつて、紙一枚の差であつても、その差は、質的に、差の甚しいものである。