諦めを肯定し、溜息を肯定し、何言つてやんでいを肯定し、と言つたやうなもんだよを肯定し――つまり全的に人間存在を肯定しやうとすることは、結局、途方もない混沌を、途方もない矛盾の玉を、グイとばかりに呑みほすことになるのだが、しかし決して矛盾を解決することにはならない、人間ありのままの混沌を、永遠に肯定しつづけて止まない所の根気の程を、呆れ果てたる根気の程を、白熱し、一人熱狂して持ちつづけるだけのことである。
哀れ、その姿は、ラ・マンチャのドン・キホーテ先生の如く、頭から足の先まで Ridicule に終つてしまふとは言ふものの。
それはファルスの罪ではなく人間様の罪であらう、と、ファルスは決して責任を持たない。