之はもう現実の――いや、手に触れられる有形の世界とは何の交渉もないかに見える。
「感じる」、あくまで唯「感じる」――といふ世界である。
斯様にして、ファルスは、その本来の面目として、全的に人を肯定しやうとする結果、いきほひ人を性格的には取扱はずに、本質的に取扱ふこととなり、結局、甚しく概念的となる場合が多い。
之はもう現実の――いや、手に触れられる有形の世界とは何の交渉もないかに見える。
「感じる」、あくまで唯「感じる」――といふ世界である。
斯様にして、ファルスは、その本来の面目として、全的に人を肯定しやうとする結果、いきほひ人を性格的には取扱はずに、本質的に取扱ふこととなり、結局、甚しく概念的となる場合が多い。