一体ファルスといふものは、何国に由らず由来最も衒学的(出来損ひの――)なものであるが、西洋では、近世に近づくに順つて、次第にファルスは科学的に――と言ふのもちと大袈裟であるが、つまりファルス全体の構成が甚しくロヂカルになつてきた。
従而、その文章法なぞも、ひどくロヂカルにこねくり廻された言葉のあやに由つて、異体の知れない混沌を捏ね出さうとするかのやうに見受けられる。
プローズでは、已にエドガア・ポオ(彼には、Nosologie, Xing paragraph, Bon-Bon と言つた類ひの異体の知れない作品がある――)あたりから、此の文章法はかなり完璧に近いものがあるし、劇の方では、仏蘭西現代の作家マルセル・アシアルの「ワタクシと遊んでくれませんか」なぞは、この方面の立派な技術が尽されてゐる。