(「八笑人」を摸して「七偏人」といふ愚作が後世出たが、之なぞは駄洒落文学を知る上には最適の例でめらう。
こういふことは、ファルスを人間的に取扱ひ、浮世の風を滲み込ませやうとする時に、最も陥り易い短所であるが、しかし之も見様に由れば、技術の洗錬されないせいで、用ひ様に由つては、一見短所と見える斯様な方向にさへ尚開拓の余地はあるやうである。
私は時々落語をきいて感ずるのであるが、恐らくは文学として読むに堪えないであらう愚劣なものが、立派な落語家に由つて高座で表現されると、勝れた芸術として感銘させられる場合がある。