芸術の金科玉条とすべき武器は、即ちこの如何に巧みに暗示するかといふことであつて、読者の感情も理知も、全ての能力を綿密に計算して、斯う書けば斯う感じるにちがひないと算出しながら、震幅の広い描写をしてゆくべきではないかと思ふのである。
大体、これ/\の性格の人間であるから斯う/\の行動をするといふことはないのであつて、同じ人間に同じ条件を与へておいても、ふとしたハズミで逆の行動をとらないとは言へない。
順つて、我々の小説では、これこれの行動をしたから、彼奴は結局斯ういふ奴であるといふ風に、巻をおへて初めて決定すべきものであらうかと思ふ。