そして私も観察を勉強しなければならないと考へて、観察といふ幽霊の重圧にだん/\窒息へまで追ひつめられるところであつた。
ところが私は、彼らの観察にそれほど脅えながら彼らの小説を読み終つたあとで決してそれほど異常な感銘を受けてゐるわけでない自分に気付いて、この不思議はどう解いたらいいのだらうと疑ひだした。
私はきつと、ドストエフスキーのごて/\した理窟といふ弁説をあれが思想かとびつくりしたあげく、だいじな観察の底を流れ観察を導き、それらの歩調をそろへしめて堂々とゴータに入る思想の光といふものを忘れてゐたのに違ひなかつた。