いはば彼は長い冬籠りから突然花園へともなはれてきた人のやうに、きらびやかな風景へ静かに腰を落付けて、現実をただ茫漠と感じとり浸りきつてゐさへすれば和やかな憩ひのやうな安らかさを味ふことができたのであらう。
どんな和やかな場合でも人の心といふものを掘下げてゆけば、きつと苦味や酸味に突き当るものであらうが、玄二郎の場合に於てもいらぬ頭を働かして自分の心を穿鑿して妙な石にぶつかつたりしたら、彼は却つて吃驚し困惑して顔を顰めてしまつたかも知れない。
それはちつとも彼の心の清潔を意味するものではなく、むしろ煩雑をもたらしまいとする無意識な且悪質なずるさと、激しい遥かな憂鬱とを暗示してゐるやうに思はれた。