君の文面も至極曖昧、あれを言ふかと思へば忽ちこれをいふ底の甚だ妖気漂ふ依頼状であつてみれば、当方では、小説の面白さに就て書くのやら小説は面白くないに極つてゐるといふ異体の知れない忿懣に就て感慨を洩して然るべきものであるやら、判読のつきやう筈のものではない。
流浪直前、バンヂャマン・コンスタンの「アドルフ」について、一頻り私は君と語り明かした幾夜をもつたが、あの頃の考へは今も尚変らないばかりでなく、芭蕉の風流を憎む気持は愈々熾烈の度を加へるばかりのやうです。
私はやはり、人間の感情に対する新らしい批判の確立、憎しみや愛や悲しみ怒りを最も厳格に追求することによつて、神によつて許さるるとも我によつては許されず、神によつて許されじとも我によつては許さるる底の、生命の道徳を確立するためのほかに、小説を書く勇気はありません。