男は一人の妻が女ときまつてゐないもの」
けれどもこんな母親ほど息子の幸福を祈つてゐる者もないかもしれない、さうしてその母親がこんなことを言ふのも勿論それを願つてゐるからではなく、この人の悲しい五十何年かの生活がその悲しさの記念碑のやうに之を言はしめてゐるのかと、息子はその時さういふことだけを考へて、ふだんはめつたに二人の心の結びあはない母子ですから、その時はとくに侘びしい切なさを感じたのでした。
こんなことがキッカケになつたわけではありませんが、母の暗い忍従の思想が意志極めて固い息子の半面の心へもやがてそれとなく忍び寄る気配もあつたのです。