斯様な状態に於て先生おもむろに意識恢復し、全般の記憶を綜合してどうやら自動車に轢き倒され文句なしに顔を強打したといふ穏かならぬ自らの境遇に気付いたとき、暗澹たる寂寥に胸を痛ましたであらうことは疑ひのないところであるが、流石忽然として暗夜に一道の光明を見出すが如く例の天才――乳母車をひつくり返した幸運なてあひのことを思ひださずにゐなかつた。
傷の痛みのなかではあるが先生とみに勇気づいた。
やがて顔の腫れもとれ、どうやら口がきけるやうになつた最初の朝、医者に向つて先生が叫んだこの劃時代的な第一声といふものは、勿論思ひつめたその一つのことである。