当太郎は幼少の頃から母親の切な希望をしりぞけかねて、自分では好きになれない茶の湯や活花のゆるしまで取つてゐたし、長唄はその道の識者を驚ろかすに足る芸だつた。
腕を首につるし、仰山にびつこをひき、ぢぢむさい握りのついた杖にすがり、へつぴり腰をしながら港の酒場へ通ふ男が、家庭では母と妹の相手をして静かな昼下りや宵のひととき現世のものではないやうな三曲合奏をしてゐたり、母のたてる一服の薄茶を行儀正しく啜つてゐたりするのだつた。
さういふ世界の古めかしい因習や畸形的な無形の性格が、母親の祈願には無関係に育ちはじめた当太郎の新らたなさうして奔放な人生苦難の世界にとつて、鼻持のならない原罪の姿をとり、自己嫌悪を深めさせた。