裏も表もない会話であつて、さうして単に出来事の報告にとどまる限りなら、小説の場合これを冗漫に書き連ねる必要は毫もないわけであつて、「甥がすすめるので電話をかけ女を呼びよせた」と一行だけ書けば宜しいわけである。
会話の行間に裏をにほはす何物もなく、まして会話のあることによつて人物の面目が躍如とする、といふだけの効能もないとなれば、この一齣は無駄であり、ひいて小説全体が小学生の綴り方以上の何物でもないのである。
徳田氏の眼が、自分の心の奥に向つて、これ以上の深入りをさけるなら、当然これは小学生の綴り方と同列である。