いはば自分の行為を全て当然として肯定し、同様に他人のものをも肯定し、もつて他人にも自分の姿をそのまま肯定せしめやうとする、肯定といふ巧みな約束を暗に強ひることによつて、傷や痛みを持ちまいとする、揚句には内省や批判さへ一途に若々しい未熟なものと思はしめやうとする、「旅日記」一篇の底に働く徳田氏の作家的態度といふものは、これ以上の何物でもないのである。
ジイドのやうに、いい年をして尚個体を先頭に立ててのたうちまはり、悪あがきをする、時々まるで十七八の少年を見るやうな熱狂ぶりを見せたりするが、これが作家の本当の姿ではないだらうか。
年をとつても肉体がなくなるわけではないのだし、多少性慾の減退ぐらゐあるにしても、個体にからまる悩みまで失くなるものとは夢にも思へぬ。