年をとつても肉体がなくなるわけではないのだし、多少性慾の減退ぐらゐあるにしても、個体にからまる悩みまで失くなるものとは夢にも思へぬ。
日本帝国の忠良なる作家達が齢と共に悩みの数をめつきり減らしてくるといふのは、減らすやうな不当な作為を暗に用ひ、或ひは気付かざる伝統の気風によつて、然うならしめられてゐるとしか思はれない。
「通」といふ言葉は江戸の文人が愛好した言葉であり、一体に日本文学の伝統的気風は、いい加減の頃合ひをみて切りよく引きあげ、義理にも納まらうといふ、意気な心掛けを見せるところが理想らしい。