それの愚かしいことに重々気付き、又憎んでゐても、長い習慣から脱けでることができません。
横光氏の作品が西洋臭いやうに言はれてゐても、なかなかさうではないやうです。
たとへば西洋臭さうな「悪魔」をとりあげてみても、まづ主人公が窓ぎわで顔を洗つてヒョッと顔をあげると前の二階に女がこつちを見てゐる、ちよつとバタ臭い場面のやうでゐて、その実この情景のあまりにも生き生きしてゐるのに驚いた私は、これが最も日本的であるからだといふ一つの考へに思ひ至つたのです。
それの愚かしいことに重々気付き、又憎んでゐても、長い習慣から脱けでることができません。
横光氏の作品が西洋臭いやうに言はれてゐても、なかなかさうではないやうです。
たとへば西洋臭さうな「悪魔」をとりあげてみても、まづ主人公が窓ぎわで顔を洗つてヒョッと顔をあげると前の二階に女がこつちを見てゐる、ちよつとバタ臭い場面のやうでゐて、その実この情景のあまりにも生き生きしてゐるのに驚いた私は、これが最も日本的であるからだといふ一つの考へに思ひ至つたのです。