蒲原家は地方の豪農で、もとより金にこまる身分ではなかつたが、それにしても蒲原氏のやうに、四十七といふ年になるまで働いて金をもらつた例がなく、事業や政治に顔を出した例もなく、かういふ身分の人々にありがちな名誉職にたづさはつた例もないといふ人は珍しいに相違なかつた。
蒲原龍彦の名前は門札のほかに存在しないやうなものだつた。
勿論働かないことをもつて一生の主義とするといふやうな尤もらしい主張があつたわけではなく、むしろあべこべに、元来主張するところのものを何一つ持てないほど無気力で弱気で、そのうへ生活の金には全然こと欠かないところから、ずるずるべつたり四十七年ぼんやり暮したわけであつた。