朦朧と書斎にとぢこもつてゐるばかりで、文字一つ書いてゐるわけではないのだと人々は笑ひながらひどい噂をするぐらゐで、何を書いてゐるのやらその題目さへ殆んど人々は忘れてゐたが、きくところによれば「埋もれたる平凡な市井人の歴史」とかいふ題目の由で、これまでの歴史が主として非凡人の歴史であり非常事の歴史であることにあきたらず、青史の外に埋もれた平凡にして善良な市井人のために、そのささやかな、然し各々の精根を傾けた感情や善行の数々を彰顕して、一篇の真に泪ぐましい人間史を描きださうといふのであつたが、あひにく埋もれた市井人の生活を示してくれる文献が殆んどなかつた。
あるにはあつたが、あひにくのことに文献の殆んど全部が詩・劇・小説なぞといふ不倶戴天の仇敵で、自家一生の著作が厳密な科学的労作であつても、詩・劇・小説のたぐひのやうな生来浮浪性を帯びた作物である筈はないと固く心に信じてゐた蒲原氏にとつて、まさしく致命的な伏兵であつた。
然しながら事実に於て市井人のささやかに燃えさかり埋もれていつた感情を書き残したものは文学のほかになく、要するに埋もれた市民達の感情は、各々の時代に各々の詩人によつて生き生きと語り綴られてきたことを厭々ながら納得しなければならなかつたとき、「埋もれたる平凡な市井人の歴史」と題する死んだ記録を綴るよりも、血の通つた自叙伝を遺す方がよつぽど自然だと疑ぐりだしてしまつたところで、蒲原氏の大業は人々の想像通り遠く十数年以前からものの見事に停頓状態をつづけてゐた。