蒲原氏の先妻は強度のヒステリイで、その遺伝といふわけか二人の子供は生れついての腺病質で幾分並とかはつた体質であつたが、蒲原氏も若い頃のあやまちで梅毒を病んだ覚えがあつた。
どの遺伝とも分らないが、魚則は週期的に普通と違つた状態になつて、どんな幻想に追はれるものか飄然と家をとびだしてしまふのだつた。
魚則がまだ十八の時であつたが、第二回目の普通と違つた状態になつて、人々の寝静まつたある夜更けに何やら記録めいた書き物に熱中してゐると、後ろの扉をソッとあけて一人の泥棒がはいつてきて、その場に暫く突立つてゐるのであつた。