魚則がまだ十八の時であつたが、第二回目の普通と違つた状態になつて、人々の寝静まつたある夜更けに何やら記録めいた書き物に熱中してゐると、後ろの扉をソッとあけて一人の泥棒がはいつてきて、その場に暫く突立つてゐるのであつた。
後ろにその気配を感じてゐたが、病的に熱中してゐた魚則のこととて、書き物の手を休める余裕がなかつたため、一段落つくところまで脇目もふらず書いてから、さておもむろに振向いてみると、扉のところに朦朧と立ちすくんで怯えきつた眼付をしながらこつちをボンヤリ瞶めてゐるのは、泥棒ではなく父親の蒲原氏その人であつた。
魚則が自分を瞶めてゐることに気付くと、蒲原氏は思はず顔を掩うて、「おお、私のわるい影だ……」と呟きながらよろめいたのであつた。