後ろにその気配を感じてゐたが、病的に熱中してゐた魚則のこととて、書き物の手を休める余裕がなかつたため、一段落つくところまで脇目もふらず書いてから、さておもむろに振向いてみると、扉のところに朦朧と立ちすくんで怯えきつた眼付をしながらこつちをボンヤリ瞶めてゐるのは、泥棒ではなく父親の蒲原氏その人であつた。
魚則が自分を瞶めてゐることに気付くと、蒲原氏は思はず顔を掩うて、「おお、私のわるい影だ……」と呟きながらよろめいたのであつた。
こんな取乱した父の姿を見た覚えのない魚則は茫然として言葉も身動きも忘れてゐると、蒲原氏はよろめきながらヒイヒイといふ嗄れた呼吸で泣いてしまつて、「お前を苦しめる黒い影が私に見えるよ。