女中達の言葉をきくと蒲原氏はにはかに様々の幻想に追はれはじめた様子で、「お前たちがこの徳利を使つてゐたのか……」と幽かな驚きの叫びを洩らしてゐたが、「それで、どういふ用に使つてゐるのだい」ときくと自分達には一向奇も変もない徳利のこととて山の娘は却つて面喰つた形で、「お酒やお醤油や、やつぱりそんなものです」とはぢらひながら答へたほどであつた。
その後、お盆とか何かの折に、戸隠の娘がちよつと郷里へ帰つてくるといふ出来事があつたので、蒲原氏は珍らしく女中部屋へ顔をだして、貧乏徳利をもつてきてくれるやうにと、へどもどしながら繰返し頼んだ。
山の娘は笑ひながらただハイハイと言つてゐたが、蒲原氏の異数な幻想生活を知る由もない素朴な娘は、郷里から戻ると、貧乏徳利の代りに自宅製の綿の包みを差出して、あんな貧乏徳利は汚らしくて莫迦らしくて持つてくるわけにはいきませなんだと笑ひながら言つた。