その後、お盆とか何かの折に、戸隠の娘がちよつと郷里へ帰つてくるといふ出来事があつたので、蒲原氏は珍らしく女中部屋へ顔をだして、貧乏徳利をもつてきてくれるやうにと、へどもどしながら繰返し頼んだ。
山の娘は笑ひながらただハイハイと言つてゐたが、蒲原氏の異数な幻想生活を知る由もない素朴な娘は、郷里から戻ると、貧乏徳利の代りに自宅製の綿の包みを差出して、あんな貧乏徳利は汚らしくて莫迦らしくて持つてくるわけにはいきませなんだと笑ひながら言つた。
蒲原氏はがつかりしたが、山の娘がかうも卑下するほど、あの貧乏徳利が彼等の暗澹たる土まみれの生活そのものの中に共々せつない感情を通はせて存在しつづけてゐるのかと思ふと、その芸術品としての品格が一層高度のひろいしみじみとした感傷をともなうて胸にせまつてくるやうでどうやら徳利の現実の相をはなれて、蒲原氏の持つて生れた夢のなかに通ひはじめ、そこにはるばると生育しはじめたやうであつた。