「あの、山奥の小さい村落のことだから、戸隠の麓へ辿りつきさへすれば、あの、別に面倒もなく女中の家も分る筈だから……」
と、浩平に向つて言ふともつかず、独語ともつかず、ごもごもと呟いたのであつた。
その様子からみると、蒲原氏の戸隠へ行きたい心はよほど強烈なもので、しかもどうやら骨董品としての貧乏徳利にはすでに全く魅力を失つてゐて、むしろ土まみれの生活ともどもかぼそく存在をつづけてゐる徳利に自らの宿命を読むやうな同感を寄せ、むしろ貧乏徳利よりも、貧乏徳利をとりまく山の人々、山の自然、山の心に思ひをひかれたやうであつた。