その様子からみると、蒲原氏の戸隠へ行きたい心はよほど強烈なもので、しかもどうやら骨董品としての貧乏徳利にはすでに全く魅力を失つてゐて、むしろ土まみれの生活ともどもかぼそく存在をつづけてゐる徳利に自らの宿命を読むやうな同感を寄せ、むしろ貧乏徳利よりも、貧乏徳利をとりまく山の人々、山の自然、山の心に思ひをひかれたやうであつた。
それも、遥かな憧れに向つて走らうとする激しいものとは違つてゐてひたすらに逃げ、ひたすらに帰らうとするやうな、蒼ざめたものが感じられた。
だいたいがその時刻から戸隠へ自動車を走らせてみても、人々の寝静まつた山里の夜更けに一軒の家を探しだすのは容易ではなく、その女中が今は村にゐることさへ定かではなかつた。