そこで蒲原夫人は、意気銷沈の蒲原氏を迎へた一座に活気を与へるためもあつたが、かねて心に期してゐたところでもあつたので、
「魚則さんもすつかり疲れてゐるやうですし、私達は暫くこのへんの温泉で休養したいものですわ」と提言した。
温泉といへば、長野から近いところに、湯田中、渋、発哺、上林、地獄谷、熊の湯なぞのひとかたまりの温泉地帯があるのだが、ここは最近相当に都人士の入りこむところで、なんとなく一同の食指が動かず、そのほかに浅間温泉とか、アルプス山中に白骨、中房、有明なぞがないでもないが、これもやがて近づいた登山季節をひかへて、この一行にはあまり好もしい場所ではなかつた。