浩平の話によると、長野から三四時間の旅程で、すでに越後の温泉ではあるが、信越国境を越えてまもない山のどん底に、松之山温泉といふものがある。
単に山底といふばかりで特別奇も変もない風景であるが、松山鏡の伝説の地と伝へられてゐるところで全く都人士の訪ふ者がない。
そのくせ奈良朝の頃には京と奥州を結ぶ道筋に当つてゐたところで、大伴家持が住んだと伝へられる土地もあり、言葉や柔和な風習なぞにも多分に京の名残りがあつて、交通の不便な頃は却つて賑やかな温泉であつた。
浩平の話によると、長野から三四時間の旅程で、すでに越後の温泉ではあるが、信越国境を越えてまもない山のどん底に、松之山温泉といふものがある。
単に山底といふばかりで特別奇も変もない風景であるが、松山鏡の伝説の地と伝へられてゐるところで全く都人士の訪ふ者がない。
そのくせ奈良朝の頃には京と奥州を結ぶ道筋に当つてゐたところで、大伴家持が住んだと伝へられる土地もあり、言葉や柔和な風習なぞにも多分に京の名残りがあつて、交通の不便な頃は却つて賑やかな温泉であつた。