名所旧跡といふやうな厳めしい目印しは何一つなく、近隣の風景に比べると特別みすぼらしい薄汚い湿地で、わざわざ行つてみる奴が莫迦にされた感じであるが、全てに置きすてられた山底の部落では伝説も亦置きすてられて荒廃のままにまかされ、いはば伝説のもつ遥かな悲しさにつながるものが、現に静寂な山気をおびて、さまよひ流れてゐるやうな、思へば遥かな傷心も蒲原氏の心の奥をすぎたのであつた。
この散策に際してまづ一行を驚かした一つのものは、部落々々にたむろする子供等が、一行をめがけて敬礼を怠らないことであつた。
人の珍らしい山奥とはいへ、見馴れない人にはお辞儀をせよと教へる筈もないわけで、訝かしい思ひのした一行が宿の者にたづねてみると、宿の女は至極人なつこい顔付をしてハアと答へ別に驚いた様子もないので、それでは矢張りそれ相当の理由があつての事柄で、やがてその理由をきかれるものと思うてゐたら、宿の女は前と同じい人なつこい顔付のままで、「さうですかの。