都会地の人人とは見受けられぬ風俗で、恐らく近在の農家の婦人と思はれたが、いづれも皮膚のつややかな肉のしまつたはちきれさうな肉体で、殊に若い一人の方は全ての部分がすくすくと伸び、均斉がとれ、光沢の深い銅色の皮膚がほれぼれとする裸身であつた。
この一行はよほど多く湯槽につかるものとみえ、蒲原氏が内湯へ降りてくるたびに顔を合はせるのであつた。
その物腰はあくまで自由で、男女混浴の浴室の中で隠すべきところを隠さうともせず、のびのびと歩きまはる様子には羞ぢらふ固さもないばかりか、強ひてする厭味なきつさもないのであつた。