思ひがけない出来事に驚きの叫びもでない蒲原氏が、やうやく我に返つて頭をあげ、草木の密生した木暗い頭上の山を仰ぐと、なにぶん頭上のことではあり草木の密生した山のことで、人の像は分らないが、ガサ/\と草をわけて逃げる物音がきこえてゐた。
ちよつと見えたと思はれた後ろ頭のぐあひから、どうやら女らしいと思はれたのだが、果して実際見えたものやら見えた感じがしたものやら、それすら至極曖昧であつて、そのうちに、草をわけて逃げて行くガサ/\といふ物音も全くきこえなくなつてしまつた。
一同の意見をきき合はせると、後ろ頭の見えたことは確からしく、女らしいといふ点では一致したが、そのほかのことになると例の仕事着の山の農婦であつたらしいと言ふ者もあり、和服の女で白地の着物が草のあひだにのぞけて見えたといふ者もあつて、全く意見は区々だつた。