雄大な山の慈愛ともいふべきものがひし/\と流れ、やにはに蒲原氏の心には、その最も威容勝れた一つの山嶺をきはめずにゐられない激しい思ひが浮かびでてゐた。
すでに薄明がせまり、山々は暗紫色にかすみはじめてゐたのだが、山の姿は手にとるやうに見えるので、明るさの残るうちには頭上をきはめることができさうな気がした。
草原を上へ上へと登りつめて、漸く山麓へ辿りついた時分には、すでに明るさは空に流れて残るだけで、愈々山の懐へ踏みこむと自然山の全貌は見えなくなるし、行けども行けども頂上の気配は遠く、地上はとつぷり暮れ落ちて、暗闇が身体の四辺を厚く包み、次第に深まる闇の過程が分つてきた。