それを別々にしか表せないのは私の文学が未熟のせゐで、そのほかの理由は全くない。
一つには、私は今まで綜合的な、組織的な手法ばかりを学んでゐたが、考へてみると、私の心の動きは必然的に分裂へ分裂へと向き、要するに私にとつては、分裂が結局綜合を意味するのだといふやうなことが分りかけてきた。
このことは必然的に文学の形式に及ぶわけで、いや、むしろ形式の方が心の動きを左右してくるわけで、第一義的な重大なものであらうと思ふが、さうして私は根本的に出直す必要を痛感してゐるが、まだまとまつた成算はなに一つ思ひついてゐないのである。