私の経験によると、内容的な真実(実感)を先に立てると、概ね予定通りの展開もできないやうな卑屈な渋滞状態をひきおこし、却つて真実を逸しがちであるばかりか、渋滞状態の悪あがきの中では、真実を強調するための一種自己催眠的な虚偽すら犯してしまふのである。
これらの危険を避け、書きたいことを自由に書きのばすために、私に考へられる唯一の手段は、新らたな形式をもとめ、形式の真実らしさによつて逆に内容の発展を自由ならしめやうといふことである。
四人称を設けることは甚だうまい方法で、この方法によつて確かに前述の自縄自縛がかなりにまぬかれるに違ひない。