ドストイェフスキーの作品では、多くの動きが、その聯絡が甚だ不鮮明不正確で、多分に分裂的であり、それらの雑多な並立的な事情が極めてディアレクティクマンに累積され、或ひはディアレクティクなモンターヂュを重ねて、甚だしく強烈な真実感をだしてゐる。
組織的に組み立てやうとするよりも、むしろ意識的に分裂的散乱的に配合せんとすることを狙つてゐて、いはば彼にあつては、分裂的に配合することが、結果に於て組織的綜合的な総和を生みだすことになつてゐる。
さうして徒らに組織立てやうとしないために、無理にする聯絡のカラクリがなく、労せずして(実は労してゐるのであらうが、文章に表はれた表面では――)強烈な迫力をもつ真実らしさを我物としてゐる。