まづ、そろそろと参らう。
皆人の仰せらるるは、若い時に旅をせねば、老いて物語が無いと仰せらるるにより、俄に思ひ立つてござる」このあとはいつも話がきまつてゐて、大名にお目見得致しますと、芸があらば抱へよう、致してみよといふわけで、東国方の旅人はあるひは相撲が得手だとか、人を馬にする術を心得てゐるなんぞと言つたあげくが失敗して、やるまいぞ/\と追はれることになるわけであります。
若い時に旅をせねば、老いて物語がないといふ、勿論さきほどの十三の娘の等身の薬師仏をつくり、それに祈つてまであまたの物語が見たいといふ、その物語とは異り、単に話の種といふほどの意味でありませうが、皆人の仰せらるるには、若い時に旅をせねば、老いて物語がないと仰せらるるにより、俄に旅にでたといふ滑稽な独白を読むたびに、土民の感情に生きてゐるあたたかい生き甲斐の悲しさに打たれ、ほのかな明るい放心を覚えずにゐられなかつたのでありました。