後光厳院と申せば北朝の天子ですが、殺伐な時代の、決して御満足であらせられたとは思はれない日々、手写するほどもこのやうな物語を愛された高貴な人の手を思ひ、人のいのちに宿る物語のなぜか遥かな悲しさに、しばらく感慨を禁じ得ませんでした。
この本の跋に、次のやうな漢文がしるしてあるのです、
花非花霧非霧。
後光厳院と申せば北朝の天子ですが、殺伐な時代の、決して御満足であらせられたとは思はれない日々、手写するほどもこのやうな物語を愛された高貴な人の手を思ひ、人のいのちに宿る物語のなぜか遥かな悲しさに、しばらく感慨を禁じ得ませんでした。
この本の跋に、次のやうな漢文がしるしてあるのです、
花非花霧非霧。