死んだ嘉村礒多氏は殆ど社会と没交渉な生活を送り、肉親達と又特に妻君とのせまい交渉の内部だけで執拗に内省しながら筆を執つてゐた人であるが、従而、その夫婦生活がいはば必死で縋り合つてゐるかのやうに親密無二であつたらしい、嘉村氏の死後、その妻女の良人の追想など哀切で、至高の貞女をしのばせるものがあつた。
そのころ宇野浩二氏が嘉村夫人に就いて何かの雑誌へ感想を書いた。
宇野氏は嘉村氏の不遇の頃から極力推輓してゐたもので、嘉村氏との私交も普通のものではなかつたのだらう。
死んだ嘉村礒多氏は殆ど社会と没交渉な生活を送り、肉親達と又特に妻君とのせまい交渉の内部だけで執拗に内省しながら筆を執つてゐた人であるが、従而、その夫婦生活がいはば必死で縋り合つてゐるかのやうに親密無二であつたらしい、嘉村氏の死後、その妻女の良人の追想など哀切で、至高の貞女をしのばせるものがあつた。
そのころ宇野浩二氏が嘉村夫人に就いて何かの雑誌へ感想を書いた。
宇野氏は嘉村氏の不遇の頃から極力推輓してゐたもので、嘉村氏との私交も普通のものではなかつたのだらう。