然し乍ら、この作品の唯一の弱点は少年の世界といふものは、これほど完璧に描破されても、苦難にみちた大人達の心には、それほど深く喰ひこむ力がないといふ一事であらう。
それゆえ、この小説の作中人物は、晋の印象を通じてのみ語られてゐる限り、人に迫る深さを持つことができないのだが、いつたん晋の世界を出外れた部分へくるとはじめて陸離たる光彩を放つ。
即ち長男の重責と才能との不均衡のために、逃避難とひねくれた精神生活を植えつけられた藤村家の当主治右衛門、好人物で好色な二男辰二郎、傲岸不屈な末弟真吾、この兄弟の性格とその交渉は藤村商店といふ大機構をめぐつて特色深い人生図を展開する。