今日の我々にとつて山と詩情は、甚だ多く結びついてゐるのであるがこのやうな感情や感傷は、祖先達には殆ど無かつたことである。
穂高もなく上高地もなかつた。
橋本関雪氏の文章によると、同氏は再々支那の山河を跋渉されてゐるやうであるが、支那の南画の山水が決して現実を歪めたものではなく、あれがそのまま正確な写実であることが分るといふ話であつた。
今日の我々にとつて山と詩情は、甚だ多く結びついてゐるのであるがこのやうな感情や感傷は、祖先達には殆ど無かつたことである。
穂高もなく上高地もなかつた。
橋本関雪氏の文章によると、同氏は再々支那の山河を跋渉されてゐるやうであるが、支那の南画の山水が決して現実を歪めたものではなく、あれがそのまま正確な写実であることが分るといふ話であつた。