穂高もなく上高地もなかつた。
橋本関雪氏の文章によると、同氏は再々支那の山河を跋渉されてゐるやうであるが、支那の南画の山水が決して現実を歪めたものではなく、あれがそのまま正確な写実であることが分るといふ話であつた。
日本の画家が南画に写実を見ず、象徴的な筆法や形のみを学ぶのは誤りだといふ意味なのである。
穂高もなく上高地もなかつた。
橋本関雪氏の文章によると、同氏は再々支那の山河を跋渉されてゐるやうであるが、支那の南画の山水が決して現実を歪めたものではなく、あれがそのまま正確な写実であることが分るといふ話であつた。
日本の画家が南画に写実を見ず、象徴的な筆法や形のみを学ぶのは誤りだといふ意味なのである。