小西の旧臣、天草甚兵衛を中心に、浪人どもを謀主とし、甚兵衛の子、四郎を天人に祭りあげて事を起さうといふのである。
彼等はまづひとつの伝説をつくりあげて愚民の間に流布させた。
それは、今から二十六年前(といへば、家康の切支丹禁令のことであらう)天草郡三津浦に居住の伴天連を追放のとき、末鑑といふ一巻の書物を残して行つた。
小西の旧臣、天草甚兵衛を中心に、浪人どもを謀主とし、甚兵衛の子、四郎を天人に祭りあげて事を起さうといふのである。
彼等はまづひとつの伝説をつくりあげて愚民の間に流布させた。
それは、今から二十六年前(といへば、家康の切支丹禁令のことであらう)天草郡三津浦に居住の伴天連を追放のとき、末鑑といふ一巻の書物を残して行つた。