切支丹の用語ぐらゐは暗記してから忍びこめばいゝのに、と、往昔猿飛佐助のファンであつた私は大いに我が光輝ある忍術道のために悲しんだが、之が、さうはいかないのである。
今日では、それに相応の訳語があるが、当時は適訳がなかつたので、でうす(神)はらいそ(天国)いんへるの(地獄)くるす(十字架)といふ風に、こんな名詞まで外国語のまゝ用ひてゐた。
こんちりさん、さからめんと、ゑけれぢや、どみんごす、などゝ、千にも近い南蛮語がそのまゝ使用されてゐては、九字を切つても、まに合はない。
切支丹の用語ぐらゐは暗記してから忍びこめばいゝのに、と、往昔猿飛佐助のファンであつた私は大いに我が光輝ある忍術道のために悲しんだが、之が、さうはいかないのである。
今日では、それに相応の訳語があるが、当時は適訳がなかつたので、でうす(神)はらいそ(天国)いんへるの(地獄)くるす(十字架)といふ風に、こんな名詞まで外国語のまゝ用ひてゐた。
こんちりさん、さからめんと、ゑけれぢや、どみんごす、などゝ、千にも近い南蛮語がそのまゝ使用されてゐては、九字を切つても、まに合はない。