坂口安吾 『島原の乱雑記』 彼は有馬のセミナリヨで勉学し、特にラテン語にその天才を現したが、一六二二年大殉教の年、二十二歳でマニラへ渡り、アウグスチノ会の司祭に補せられた。 金鍔次兵衛は日本の渾名で、教会の記録ではトマス・デ・サン・オウグスチノとよばれてゐる。 一六三〇年。 坂口安吾の名言・名文を読む 用例を検索する → シェア