つまり、京都には僕のやうな貧書生が沢山をり、三分の二人前ぐらゐには通用する。
それは絵描きの卵なのだ。
ぼう/\たる頭を風にまかせ、その日のお天気に一生をまかせたやうな顔をして、暮してゐる人々はあの連中を絵師さんだの先生とよび、とても大雅堂なみにはもてないけれども、とにかく人間なみにはしてくれる。
つまり、京都には僕のやうな貧書生が沢山をり、三分の二人前ぐらゐには通用する。
それは絵描きの卵なのだ。
ぼう/\たる頭を風にまかせ、その日のお天気に一生をまかせたやうな顔をして、暮してゐる人々はあの連中を絵師さんだの先生とよび、とても大雅堂なみにはもてないけれども、とにかく人間なみにはしてくれる。