蓋し大井家では春夏秋冬休むことなく口論が行はれ高価なる掛物などが破り去られて行くけれども一枚の皿を割つたといふ話をきかぬ。
甚だ奥ゆかしいと言はねばならぬ。
中原中也が文学修業に上京の時にはメンコだのノゾキ眼鏡などボール箱につめて之を大切にいたはり乍らやつて来たが、大井広介はカジノフォリーを始め何万枚のプログラムを秘蔵してそれをみんな暗記し、カクテルブックをこくめいに複写して秘蔵してそれをみんな暗記し浅草の刀屋へ註文して立廻りの竹光や槍を何本となく作らせて毎朝夕の食事毎に食堂で鉢巻しめて立廻りの稽古に余念もなく、一日に三十枚ぐらゐづゝ葉書を書き、来客の顔を見れば得たりとばかり一分間に六万語づゝ喋りはじめ三時間目ぐらゐになつてやうやく彼の喋つてゐることが少し分りかけてくる。